第一印象
「師匠と私の初対面っていつでしょうね。」 執務が一段落して、のほほんっとした幸せな休憩時間。 ふと思い立ったように花が口にした言葉に、孔明は首をかしげた。 「初対面?」 「ちょっと気になってたんです。私は師匠に会ったのは、髓の山の中が最初ですけど。」 「僕にとっては、9年前の泰山・・・・ってこと。」 「はい。それってちょっとおかしいですよね。同じ二人なのに、初対面が違うなんて。」 孔明の休憩時間にはいつも決まって煎れてくれるせいか、すっかり慣れた調子で煎れたお茶の器を両手で持ってクスクス笑う花はとても楽しそうだ。 他愛もない話を花として、笑い合う。 そんなちょっとしたことが、ひどくくすぐったくて嬉しいなんてきっと目の前の彼女は気が付いてはいないのだろうけれど。 花がこちらの世界に残ってくれて以降、孔明の心の中にあった諦めとすり替わった甘い感情が首をもたげて、それを誤魔化すように茶を啜った。 「初対面、ね。」 「卵が先か、ニワトリが先かっていう感じですね。」 「?何それ?」 「あ、そっかこれは私の国の言葉でしたっけ。えーっと、卵がなくちゃ鶏は生まれないけど、鶏が生まなくちゃ卵はない、どっちが先に存在したのかわからないっていうような感じのことわざです。」 「ふーん。面白い言葉だ。」 卵が先か、鶏が先か、と聞いたばかりの言葉を口の中で転がして孔明は笑った。 自分が花に会ったのが先か、それとも花が自分にあったのが先か。 「時間軸的には「亮君」と会ったのが先ですよね。」 「でも「師匠」と会っていないと、君は「亮」にも会わない。なるほど。卵が先か、鶏が先か、だね。」 「でしょ?」 不思議、と花が笑う。 「でもなんで急にそんな事聞いたの?」 「え?ああ、実はこの間芙蓉姫に聞かれたんです。貴方達の初対面っていつなのー?って。」 少し困った顔になる花にその時のやりとりの様子が推測出来る。 「確かに説明しにくいだろうねえ。」 「はい、ものすごく。そもそも髓の山の中で出会った、なんて説明するわけにもいきませんでしたし。」 「それでどうしたの?」 「えーっと、グルグル考えていたら、師匠の第一印象を教えるんで許してくれました。」 「第一印象・・・・」 芙蓉姫らしい会話の転がり方だな、と思いつつ聞き捨てならなかった言葉を孔明は拾った。 「僕の第一印象ってどんなだったの?君と初めて会ったんだから、髓の時かな?それとも荊州?」 「え?それはその・・・・」 思わず花は言葉に詰まった。 というのも、実は芙蓉姫に話した「師匠の第一印象」はとてもじゃないが本人に言えるようなものではなかったのだ。 視線をあっちこっち投げる花に、孔明はにやっと猫のように目を細めた。 「さしづめ、怪しげな人だった、とかかな?」 「なんでわかっ・・・・!!」 慌てて口を塞いだときには、すでに時遅し。 「あー、やっぱりね。まあ、そう思われてるだろうなあ、とは思ってたけど。」 「あ、あの!確かに最初は怪しいって言うか、掴めないって言うか、この人なんなんだろう?とか思ってましたけど!」 「花、慌てて言ってるのはわかるけど、それ強調してるからね?」 「え!?あ、でも、違うんです!その後は師匠がいつ現れてくれるのかな、とかなんで側にいてくれないのかな、とか思うようになったんですからっ。」 だから初対面についてはチャラで・・・・!と言いつのっていた花は、そこへ来てはっとした。 目の前の孔明がいつの間にやら茶器を置いて肩を振るわせていたから。 「し、師匠!?からかいましたね!?」 「ご、ごめんごめん。だって君、あんまり慌てるから。」 「あ、当たり前です。・・・・師匠に誤解されたくない、から。」 少し頬を染めて言いにくそうに言う花を前髪越しに見て孔明はこっそり口元を隠した。 (まったく、この子は・・・・) なんでこう可愛い事ばかり言ってしまうんだろう、と緩みそうになる口元を引き締めている孔明をよそに、花は何か思いついたように「あっ」と声を上げた。 「でも、亮君は可愛かったです。」 「は?」 「だから、初対面をそっちだと思えば、亮君の第一印象は可愛かったなって。」 「可愛い、って・・・・」 「はい。足にケガしてとっても痛そうなのに一生懸命我慢して、でもちゃんと私の言葉も聞いてくれて、大人しくおんぶされてくれて・・・・うん、すごく可愛かった。」 にこにこと笑ってそういう花に、孔明はさっきとは別に意味で顔を覆いたくなった。 (・・・・まだ怪しい人の方がいい・・・・) 恋人として、男として、おまけに師匠としても、第一印象が「可愛い」はいただけない。 けれど、花にとっては好印象の方がいいととったのだろう。 楽しそうに「亮」の第一印象について語る彼女を見ながら、孔明はこっそりため息をついた。 そして、ふと思う。 自分にとって、花の第一印象はどうだっただろうか、と。 泰山で賊から命からがら逃げていたあの時。 髓で待ちに待った花を見つけたあの時。 (――― あ、) どちらが初対面かわからない、と花は言った。 けれど、どちらが初対面でも。 「花」 「はい?どうしたんですか、師匠。」 「孔明さん。」 「え?」 「仕事じゃない時は、孔明さん、でしょ?」 「こ、孔明さん・・・・」 「はい、よくできました。」 未だに呼び慣れない孔明の名をたどたどしく口にする花に孔明は目を細める。 柔らかそうな茶色の髪。 真っ直ぐで大きな茶水晶の瞳に小柄な体。 向かい合って座っていた距離を、隣に移動すればビックリしたようにこっちを見るその表情。 その全てを抱きしめるように手を伸ばして。 「ね、思い出したよ。」 「?何をですか?」 「君の第一印象。」 「え?」 くりっと丸くなる瞳を師弟ではなく恋人の距離で見つめて、孔明は笑った。 「泰山で会った時も、髓で会った時も、君を見つけて僕が思ったのは一つだ。」 「仙女みたいな君に、心を奪われたってね。」 〜 終 〜 |